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─20─ 人として

Penulis: 内藤晴人
last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-27 20:30:00

 もう三刻ほど馬を走らせただろうか。

 周囲はすでに漆黒の闇に包まれており、アルバートの持つカンテラの灯だけが淡く辺りを照らしている。

 運が良ければそろそろ追いつける頃合いだ。

 しかし、先方の歩みが早くルウツ領オトラベスに入ってしまったらお手上げだ。

 そうなったら、夕闇をついてオトラベスに潜り込むか。

 どちらにしても自分らしくはないな、とアルバートが馬上でため息をついた時、前方に何かが見える。

 どうにか追いつけたのだろうか。

 ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、アルバートは違和感を覚えた。

 前方に浮かび上がったそれは、先程から止まったきりで全く動いてはいない。

 貴族と呼ばれる人でも野営などするのだろうかと疑問に思いながら馬を進めると、果たしてそれらは目前に現れた。

 同時に馬が突如いなないて、その脚を止める。

 注意深く見回すと、草むらの上に倒れ伏す人々の姿がカンテラの光の中に浮かび上がった。

 あわててアルバートは馬を降り、そのうちの一人に歩み寄る。

 灯で照らすと、その首筋には吹き矢とおぼしき針が刺さっており、すでに事切れていた。

 視線を動かすと、少し先に護送車と馬車が止まっている。

 立ち上がりカンテラを掲げると、身分が高いとおぼしき人と、武人らしき人が数人やはり草むらに倒れていた。

 アルバートが追ってきた人が乗せられていたであろう護送車は空っぽで、生きた人の気配は周囲からは全く感じることはできない。

 けれど、必要以上に荒らされた形跡も無く、野盗の類に襲われたにしては不自然だ。

 一体何があったのだろうか。

 訳もわからず注意深く護送車に近寄ろうとした時、アルバートは首筋に冷たい感触を覚えた。

 同時に、背後から低い声がする。

「……何者だ? エドナの刺客か?」

 首筋に当てられているのが鋭利な刃であると理解して、アルバートの背筋を冷たいものが流れ落ちる。

 とにかく誤解を解かなければ。

 弁明しようとした瞬間、足元に妙なものが触れた。

 恐る恐る視線を落とすと、黒い何か
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